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峯山簡易裁判所 昭和34年(ろ)15号 判決 1960年3月18日

被告人 松本元治

明四〇・二・五生 酒造組合事務員

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、

第一、被告人は昭和三十四年二月八日施行された京都府中郡峰山町町議会議員選挙に際し、峰山町第三選挙区から立候補当選したものであるが、同年同月八日同府同郡同町字久次四五一番地自宅に於て自己の選挙運動者又は選挙人である安田正美外十四名に対し自己のため投票並に選挙運動をしたことの報酬の趣旨で一人前二百五十円相当の酒食を饗応し、

第二、右議会議員選挙に際し、自ら出納責任者となつたものであるが、その選挙運動期間中肩書自宅に於て、法令に定められた会計帳簿を備えなかつた。

と言うにあるが、右第一の事実につき各証拠によれば被告人が前記選挙に際し峰山町第三選挙区から立候補し、当選したものであるが、その選挙当日である昭和三十四年二月八日の投票終了後である午後七時頃から午後九時頃迄の間に公訴事実記載の安田正美外十四名の者に対し一人前百円位の酒食を饗応した事実は認め得るけれども、右饗応の趣旨は当日選挙終了後被告人の選挙事務所であつた被告人自宅に、偶々被告人の当落を案じて訪れた被告人の選挙運動者近隣の者又は近親者に対し、既に被告人の当選が確実視される状況にあつたので、之が祝杯の意味と、選挙運動期間中におけるこれ等の者の支援に対する儀礼的なねぎらいの意味を含めて右饗応を為したことが認められ公訴事実の如く自己のため投票並に選挙運動をしたことの報酬の趣旨でなしたものとは到底認められない。凡そ選挙に関する饗応が、選挙運動又は投票に対する報酬たることの蓋然性は、選挙前の饗応と選挙後のそれと比較し、前者に高く後者に低いことは社会通念に明白であるところ、本件饗応の態様を証拠によつて見るに本件饗応は被告人の招待によつて行われたと見られないこと、饗応の内容は被告人の妻弟等の手製の煮肴、すの物、したし、豆腐汁等酒飯を含めて一人前百円前後の報酬と見るには余りにも僅少の額の物であつたこと、場所は被告人の自宅で、時刻も夕食時刻であつたこと、当時開票の結果が被告人の当選を確実視出来る状況に在つたこと、特定の者を対照として饗応したと認められないこと、等から本件饗応は投票並に選挙運動に対する報酬の趣旨ではなく、被告人の当選の祝杯と選挙運動期間中の支援に対する儀礼的なねぎらいの為のものと認められる。被告人のための投票並に選挙運動をした報酬の趣旨で右饗応をしたと認めるに足る証明は不十分である。第二の公訴事実については証拠として被告人の司法警察員に対する供述調書二通と、検察官に対する供述調書一通があり右供述調書において被告人は右公訴事実を自認しているのであるが、右自供事実を裏付ける何等証拠がない。検察官申請の証人田中幸雄の供述も、その供述内容は被告人の司法警察員に対する自供を証明するのみで、該自供を補強する証拠とはならず第二の公訴事実については被告人の自白以外に証拠となるものがないから証明不十分と言うの他ない。

以上公訴事実第一、第二とも犯罪の証明がないから刑事訴訟法第三百三十六条により主文のとおり被告人は無罪とする。

(裁判官 北村貞一郎)

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